ログインある日、勇者として覚醒した青年セリュオスは、各地で仲間を集め魔王エレージアに挑んだ。だが、圧倒的な力の前に彼らは追い詰められ、ついには衝撃の真実を知らされる。 「ーー私の命は過去の文明に七つある。過去の時代に遡って、すべての魔王の命を滅ぼさなければ、現代に生きる私の命が尽きることはない……」 仲間たちが絶望する中、セリュオスだけは一人諦めていなかった。禁忌の魔術《時空追放(テンプス•エクシリウム)》を発動して過去の時代に遡る決断をする。 そこで彼を待っていたのは、かつての歴史にふうじられた全く別の世界だった。勇者と魔王、宿命に導かれた二人の長き戦いの物語がここに始まるーー。
もっと見る この世界――アルスヴェリアには、とある勇者の
真っ暗な地中世界、緑
まさに勇者の大冒険。
それは遥か昔から伝えられてきた古いお話だ。辺境のリオネルディアの村に住む青年のセリュオスは、その御伽話が子どもの頃から大好きだった。
勇者になった者が共に戦う仲間を集めて、人間たちを苦しめる魔王を倒すどこにでもあるような伝承。でも、その勇者には普通と違う点が一つだけあった。
それは時を越えて魔王と戦い続ける勇者だったのだ。いつか自分も勇者になって魔王を倒すことができたら――。
だが、そんなことは決してあり得ない。自分はただのしがない鍛冶師の息子なのだから。
将来、自分も同じようにその日の夜は、不思議な静けさに包まれていた。
昼間まで子供たちの笑い声が響いていた小道も、家畜の鳴き声で賑やかだった「どうも胸騒ぎがする……」
村長が広場に立ち、そう 闇の中から、かすかな
やがて木々を押しのけるように現れたのは、黒き巨狼――ルゥン・ヴォルフ。
月明かりに照らされたその毛並みは墨のように黒く、身体を走る赤い紋様が脈打つたびに「……で、出た…! 魔王軍の
ルゥン・ヴォルフ――かつて戦乱の時代に幾つもの村々を滅ぼした災厄の獣。
その背に刻まれた黒い印は、まさに魔王軍の使いである証だと言われている。すると、セリュオスの義父であるオルフェンが果敢に前へ進み出た。
「義父さん……?」 オルフェンは大きな鉄槌を肩に担ぎ、息子のように育ててきたセリュオスを守ろうとしたのだ。「戦えない者は下がってろ! 村のみんなで逃げるための準備をしてくれ! オレが時間を稼ぐ!」
しかし、村人たちは「なんで、みんな逃げないんだよッ! 義父さんが戦っている間に早く逃げろ!」
セリュオスが村人たちを避難させようと大声を出すが、彼らはまるで山のように動かなかった。「はぁ……!」
そんな中、オルフェンは恐れを飲み込み、家族と村を守るために足を止めなかった。 ルゥン・ヴォルフの低いその時、セリュオスは嫌な予感がした。
このまま見ていたら、父親が無惨に殺されてしまいそうな胸騒ぎだった。根拠なんて一つもない。
だが、絶対に後悔することになると思ったのだ。次の瞬間、巨狼はオルフェンに向かって稲妻のように飛びかかった。
その爪はオルフェンの首を狙い「やぁああああめろぉぉぉッ!」
セリュオスは考えるよりも先に、自身の身体を投げ出していた。 その勢いのままにオルフェンを突き飛ばし、自らがその爪を受け止める。「セリュオスッ!?」
その凶悪な力は、今にもセリュオスを押し潰しそうだった。 武器も何も持たず、自身を支えているのはほんの僅かな魔力だった。自分が先だってしまったら、オルフェンは悲しんでしまうかもしれない。
義母のセリナは三日三晩寝込んでしまうかもしれない。 それでも、セリュオスの力でこの村を守ることができれば……。「俺は……俺はぁぁぁぁああ!!! この村を――!!」
巨狼の力は魔力すらも貫通し、セリュオスの骨を突然、光が走った。
セリュオスの左手の甲にそこには、見たこともない文字が連なっており、太陽を模したような紋章が浮かび上がっていた。
光は巨狼の爪を弾き返し、まるで瘴気を浄化するように燃え広がっていく。「な……紋章……!? あれは、勇者の……!」
「あの伝承は、本当だったのか……」 村人たちが
「痛く、ない……」
セリュオスは息を荒げながら、自分の左手を見つめる。 確かに刻まれた紋章は熱を放ち、心臓の鼓動と同調するように輝いていた。それはまるで御伽話で聞いて憧れていた存在にそっくりだった。
光輝く紋章が意味することを、セリュオスはすぐに理解した。――自分が、勇者に選ばれたのだと。
しかし、巨狼は
「俺なら、勇者なら、やれるのか……!?」
だが、セリュオスは義父の落とした恐怖でその膝は震えていた。
それでも、背後には家族と村人たちがいる以上、セリュオスが退くことは許されなかった。 巨狼の爪と鉄槌が激突し、
「うぉぉおおおッ!」
セリュオスが叫びと共に振り下ろした鉄槌は巨狼の顎を砕き、火花を散らして大地さえも揺るがした。 ルゥン・ヴォルフはそして、セリュオスに向かって一歩踏み出したと思いきや、その場に倒れ伏したのだった。
その場に残されたのは、焦げた土の匂いと震える村人たちの吐息だけだった。「……勝った……のか?」
「弱虫セリュオスが……?」誰もが目の前で起こった光景を信じられずにいた。
今まではただの村人でしかなかった青年が魔王軍の尖兵を倒してしまったのだ。「あなたは、何てことを……」
駆けつけて来たセリナは涙をこぼし、セリュオスの背に「間違いない……。その紋章は伝承にて語られし勇者の証。セリュオス……お
すると、村人たちの目が恐怖から希望へと変わっていく。
とはいえ、彼らの胸には言い知れぬ不安も残っていた。魔王軍の尖兵が現れ、勇者が誕生したということは、魔王軍の侵攻が本格化するということに他ならないからだ。
それと同時に、勇者の存在は絶望の「俺……本当に、勇者になったんだ……」
セリュオスは唇をそれは――守ること。
義母であるセリナを、義父であるオルフェンを、このリオネルディアの村を、そしてこのアルスヴェリアの世界を。「……俺、行きます。みんなが平和に暮らせる世界になるように、魔王軍と戦います……!」
それは 彼らはただ沈黙し、そして静かに
「セリュオス……お前が、勇者になっちまうなんてな……」
オルフェンが言葉を詰まらせる。 その表情は喜ばしい感情と同時に哀愁を帯びていた。「どうして、あなたなの……」
セリナは震える手で息子の頬をそっと優しくその夜、リオネルディアの村に勇者セリュオスが誕生した。
この時から、セリュオスの長き戦いの日々が始まったのだった――。再びオルデリウスの光に導かれたセリュオスたちは、レバザが周囲を警戒しながら霧の森の中を通り、祭壇のもとに戻って来た。 森を抜けると、切り立った断崖の縁に至る。 そこは、自然と人工の境界が曖昧になったような場所だ。 巨大な岩盤を削り出して造られた石段に、太い樹根が絡みつき、石と木が互いを侵食しながら、長い年月を共に過ごしてきたことが一目でわかる。 人の手で造られたはずの祭壇は、森の一部のように受け入れられていた。 だが、その場に足を踏み入れた瞬間、静かな威圧感に誰もが口を塞ぐ。 音が吸い込まれたように、風さえ遠慮がちに吹き抜ける。 ここがただの過去の産物ではないことを空気が物語っていた。 周囲の樹々がざわりと揺れる。 それは風に反応しているというよりも、まるでセリュオスたちを見届ける者として身動ぎしたかのようだった。 セリュオスは足を止め、手にした翠玉へと視線を落とす。 湖底で拾い上げたそれは、濁った水の中に沈んでいたとは思えないほど、澄み切っていた。 内部から淡く放たれる翠色の光は炎でも、水でもなく、確かに何かを呼ぶ力を宿しているように見える。「……これを、捧げればいいんだったな」 セリュオスがアシリィに向かって問いかける。 少し声が低くなってしまったのは、この場所で大声を出すこと自体が躊躇われてしまったからだ。「ええ」 アシリィが頷き返す。 彼女は祭壇をじっと見つめながら、言葉を続けた。「翠玉は媒介役。聖なる火を呼ぶための、鍵になる」 祭壇の中央には、空の台座が鎮座していた。 削り出された石の表面には、理解することのできない古代文字が刻まれていた。 それらは装飾ではない。 術式であり、祈りであり、契約の痕跡だ。 セリュオスの背後には、仲間たちが控え、誰も口を挟むことなく、見守ってくれている。 セリュオスは、これが自身の役目であることを理解していた。 ゆっくりと翠玉を台座の上に置く。 その瞬間、一段と空気が変わった。 低い振動が足元から伝わってくる。「なんだなんだァ……?」 それは地鳴りのようでありながらも、それは恐怖を伴うようなものではない。 まるで、祭壇全体が深く息を吸い込んだかのようだった。
セリュオスたちが予期せぬ戦闘を切り抜けた後、湖はまるで何事もなかったかのように静まり返っていた。 風は穏やかで、霧も薄れ、戦いの痕跡だけがそこに残っている。 水面は鈍い緑色を映し、漣ひとつ立たない。 だが、その静けさは安らぎではない。 むしろ、重く、張りつめた沈黙だった。 セリュオスは湖畔に立ち、視線を落とす。 濁った水の奥は相変わらず何も語らない。 底が見えるわけもなく、深さもわからない。 どれほど覗き込んでも、そこにあるのは濁った闇だけだ。 その中で、セリュオスの首元の首飾りは光を放ち続けていた。 蛍晶鉱石が淡く、確かに輝きながら、変わらず湖の中心を指し示している。 その光は、戦闘の間も、森の異変の中でも、一度たりとも揺らぐことはなかった。「……やっぱり、潜るしかないんだよな」 セリュオスは誰に言うでもなく呟いた。 幾度と確認しようとも、道標がブレることはない。 翠玉はこの湖の底に沈んでいる。 それだけは疑いようのない事実だった。「でもよ、旦那。湖の中は何も見えなかったんだろォ?」 ガドルが腕を組みながら、湖を睨みつけている。 その拳は無意識に握り締めているのか、不甲斐なさを感じているのか、強く力が込められていた。「こんなに濁りきっちまってよ。どんだけ深い底なんだろうなァ」 「底がわからなくても、どんなに深くても、俺はやるしかない」 セリュオスは迷いなく言った。 外套を外し、肩から滑らせて地面に置く。 次いで剣を岸に寝かせた。「セリュオス……」 エレージアの声が僅かに揺れていた。 彼女でさえも不安に感じているのが伝わってくる。「手探りでも何でもいいから……翠玉を取ってくる。俺が、取って来なければならないんだ」 セリュオスは仲間たちを振り返る。 それは、強がりではなかった。 使命感でも、義務感でもなく、確かな覚悟だった。 自分が行かなければ、これ以上前に進むことはできないのだから。「だからってさ、あまり無理はするんじゃないよ。アンタが戻ってこないと……アタイらが、不安になるからね」 それは霧の民の戦士長としてではなく、セリュオスの一人の仲間として
静かだった湖畔の空気が、唐突に騒がしくなった。 草木の影が一斉に揺れると、次の瞬間、矢と刃が同時に飛来する。「――伏せろッ!」 セリュオスの声が響くより早く、風を切る音が連続した。 狙いは散らされてはいたが、そのすべてが仲間たちの急所を外さない位置にあった。 ほんの一瞬でもセリュオスの声掛けが遅れていれば、誰かが倒れていたかもしれない。 仲間たちはそれぞれ回避や防御を選択し、金属のぶつかり合う甲高い音や地面に矢が突き刺さる音が立て続けに鳴った。 攻撃の出所から敵の姿を捉えたと思った瞬間には、すでに別の位置から次の一撃が放たれていた。 隠れた刺客たちは、一ヶ所から一斉に攻撃を仕掛けているわけではなかった。 先に攻撃した者たちが攻められる前に、次の攻撃を仕掛けてくる。 さらには、決して正面からは攻めてこないという徹底ぶりだった。「……コソコソと隠れてないで、姿を見せなよ!」 レバザが歯噛みし、霧を周囲に展開した。 白濁した霧が湖畔一帯を覆い、視界を塗り潰していく。 だが、刺客たちが霧に捕らわれることはない。 霧の縁を滑るように移動し、まるで霧に捕らわれない道筋を知っているかのようにすり抜けていく。 巨樹の根元、岩の陰、茂みの盛り上がり。 地形そのものと一体化するように、その姿を消しては死角を探しての攻撃を繰り返す。「……霧で見えにくくなっていても、この辺りの地形を完全に把握しているとでも言うのかしら?」 エレージアが首を傾げながら呟いた。 敵は予めセリュオスたちがここに来ることを知っていて、この地を戦場として選んだということだろうか。「くっ、ちょこまかしやがってェ!」 ガドルが前衛の刺客たちの前に出る。 その鋼の拳が唸りを上げ、地面へと叩き込んだ。 凄まじい轟音が鳴り響き、地表が砕けると、衝撃が波のように広がっていった。 だが、刺客たちは紙一重で跳び退き、目ぼしい被害は与えられない。 むしろ、その瞬間を待っていたかのように、別方向から飛来した矢がガドルの肩を掠めた。「――チィッ!」 頑丈な身体に切り傷が生まれ、赤い色が滲み出す。 致命傷というわけではないが、確実に削
巨大な湖は、相変わらず沈黙を守っていた。 岸辺に立つ一行の影が水面に歪んで映る。 水面は鈍く揺れ、ただ重たそうに波打っている。 まるで湖底に沈んでいるものを、意図的に隠しているかのように。「……要するに、その翠玉ってヤツが、この濁った水の底で眠ってるってわけだよなァ……」 ガドルが湖を見下ろしながら言った。 何か策がないか考えている様子だったが、結局答えは出なかったらしく、すぐに頭を掻いて諦めていた。 不透明な湖水はあまりにも汚く、底はおろか、水深すら見当がつかず、どこまで続いているのかもわからない。 水面の奥に視線を凝らすほど、得体の知れない不安だけが募っていく。「よりにもよって、この汚さだからね……でも、アタイらは翠玉を手に入れる必要があると」 レバザが顔を顰め、鼻を押さえる。 湿った風が吹く度、湖特有の澱んだ匂いが漂ってきた。「で、誰が潜るんだい?」 レバザの言葉に、セリュオスは腕を組んで仲間たちを見渡す。 すると、仲間たちの間に沈黙が落ちた。 それぞれが無意識のうちに、湖からもセリュオスからも視線を逸らす。「……正直に言いますが、僕は……泳げません!」 最初に声を上げたのは、シエルハだった。 少し身を縮めながら、申し訳なさそうに手を挙げている。 そう言い切った声は張り詰めた空気の中で、妙に響いた。「水に入ること自体が苦手なんです……。それに……こんな濁った湖ではさすがに溺れてしまいます……」 「樹上の民は、汚水に入る文化はない」 次に淡々と言ったのはアシリィだ。 そこに迷いはなかった。 彼女は湖を一瞥しただけで、すぐに視線を戻す。 種族としての決まりではありつつも、個人的にも拒絶していそうだった。「あっしら地を這う民は、その、水が苦手だからよォ……自分の身長より深い水に入っちまうと、身体が言うこと聞かなくなっちまうんだァ。情けねぇ話だと思うんだがなァ……」 ガドルが視線を泳がせながら告げる。 だが、誰もガドルの言葉を笑うようなことはしない。 それが冗談ではないことを全員が理解していた。「私は別に入ってもいいと思ってたんだけど……なぜか、この湖が……私を拒絶するのよね」
セリュオスとフィオラは鬱蒼と茂る森の中を進んでいた。 視界は木々の枝葉に覆われ、陽の光はほとんど地に届かない。 落ち葉に埋もれた獣道のような細道を踏みしめるたび、靴底に湿り気がまとわりつく。 そんな心細さを抱えながらも、彼は目の前を歩くエルフの背を見失わぬように注意していた。「……本当に、こっちで合っているんだろうな?」 気まずさを紛らわすように声をかけると、フィオラはぴたりと足を止め、振り返りもせずに言い放った。「文句があるなら一人で歩きなさい。私はあなたを導いているわけじゃない。ただ、私が帰る道を歩いているだけ」 その声音には棘が
森はどこまでも深く、頭上を覆う枝葉は陽光を遮り、昼であるはずなのに黄昏時のような薄暗さを漂わせていた。 湿った土と苔の匂い、木々の間を渡る風の音――それらすべてが同じに感じられ、セリュオスは何度歩いても同じ場所に戻って来るような錯覚に陥っていた。「……やっぱり、方向感覚くらいは鍛えておくべきだったか」 額の汗をぬぐい、苦笑混じりに吐き出す。 勇者の紋章を持っているとはいえ、冒険者としてはまだ駆け出しである。 剣の重みも旅の孤独も、まだ肌に馴染んでいなかった。 そのとき――森を裂くように獣の咆哮が響いた。 低く重く、地の底から湧き上がるような唸り。
酒場の灯りが暖かく揺れている。 石造りの壁に吊るされたランプの火が、木の長椅子や酒樽を柔らかく照らし、賑やかな笑い声や歌声が響いていた。 酔ったドワーフたちが腕を組んで歌い、卓上では豪快に肉と麦酒が飛び交っている。 その片隅に、セリュオスとフィオラは腰を下ろしていた。 二人の前に並んでいるのは焼いた獣肉の皿と、香草を利かせた野菜の煮込み。 それを前にしながらも、フィオラは落ち着かない表情を浮かべている。「……酒臭い……」 「そうか?」 「匂いだけじゃない。声も、空気からも臭ってくる。酔っぱらいの大声なんて聞いてると、頭が割れ
森の奥は昼にも関わらず暗く、頭上の枝葉が厚く茂っていた。 陽光はほとんど遮られ、差し込むわずかな光の筋が、細かな塵や羽虫を煌かせている。 鳥のさえずりも少なく、代わりに湿った土を踏む二人の足音と、絶え間なく続く口論がやけに響いていた。「だから言ったでしょう! あの川は東に曲がり始めていたって!」 「いいや、あれは確かに北の方向に伸びていたね。太陽の位置を見れば、簡単にわかるだろ」 「あなたの感覚ほど信用ならないものはないわ! 気まぐれな森は私たちを騙すことだってあるのよ!」 二人は言い合いをしながらも、その歩みを止めることはしない。