Masukある日、勇者として覚醒した青年セリュオスは、各地で仲間を集め魔王エレージアに挑んだ。だが、圧倒的な力の前に彼らは追い詰められ、ついには衝撃の真実を知らされる。 「ーー私の命は過去の文明に七つある。過去の時代に遡って、すべての魔王の命を滅ぼさなければ、現代に生きる私の命が尽きることはない……」 仲間たちが絶望する中、セリュオスだけは一人諦めていなかった。禁忌の魔術《時空追放(テンプス•エクシリウム)》を発動して過去の時代に遡る決断をする。 そこで彼を待っていたのは、かつての歴史にふうじられた全く別の世界だった。勇者と魔王、宿命に導かれた二人の長き戦いの物語がここに始まるーー。
Lihat lebih banyak遺跡全体が呻き声をあげていた。 天井からは砂利が降り注ぎ、刻まれた封印陣はすでに意味を失った紋様としてその姿を消していく。 黒く染まり切った鎖が意思を持つ蛇のように暴れ狂い、石壁を叩き割るたびに、土煙が空間を満たしていった。 ラウシュは明確に怒っていた。 もはや、さっきまでの余裕は一切感じられず、冷静さを失っていた。 宝石と宝箱が絡み合っていた歪な外殻は、今やすべてが黒い金剛石へと変質し、鈍い光を放っている。『ディリダ……ディリダディリダディリダァッ……!!』 手元を離れた彼女を求める言葉は、執着そのものだった。 その視線はただ一人、ガドルの背に守られているディリダだけを追い続けている。 そして、彼女を狙いすまして、黒鎖が怒涛のように迫った。「……もう、奪わせねェ!」 だが、即座に反応したガドルが一歩前に出る。 拳を構え、迫り来る黒鎖を正面から受け止めた。 骨にまで響くような衝撃がガドルを襲う。「……ッ、重すぎるだろォ……!」 黒き鎖はただ硬いだけではなかった。 ディリダを奪い返そうとする意思そのものが質量となって、威力を増して襲いかかってきていたのだ。「ガドル。大丈夫だ」 それでも、ガドルの横に並び立ったセリュオスが、黒鎖の半分を盾で防ぎながら冷静に告げる。「俺たちもいるぞ!」 「旦那ァ……ちゃんと、わかってるぜ!」 交わしたのは短い言葉だが、お互いに何をすべきかは十分に理解していた。『どけよッ!! さっさとボクの前にひれ伏せ!!』 先に動いたのは、ラウシュだった。 黒い金剛石の鎖が八本、同時にうねり、ガドルへと突き出される。 殺意を形にした純粋な破壊の奔流が迫った。「ここは俺が防ぐ! ――衝破、煌轟羅――!」 セリュオスがガドルを制し、前に出た。 かつての大切な仲間であるダルクが持つ大地の力が、セリュオスに応えてくれる。 瞬時に形成された大地の盾がすべての鎖を受け止め、轟音と共に砕け散った。 そこに生じた隙をガドルは見逃さなかった。 瞬時に踏み込み、セリュオスから受け取っていた鼓舞の光が全身を包み込む。「ぉぉおおおおッ――! |土竜鋼
今度こそ辿り着いた遺跡の最深部は、不気味なほど静まり返っていた。 風の音はなく、ある存在を除いて生き物の気配を感じることはできない。 空気は澱んでおり、呼吸をするたび、喉の奥にザラザラとした違和感が残るようだ。 誰であっても、こんな場所に長く留まりたくはないだろう。 そして、砕けて跡形もなくなった祭壇の奥。 かつて封印されていたであろう存在が、そこに佇んでいた。 ラウシュだ。 圧倒的な威圧感によって、その正体が理解できてしまう。 輝く宝石の欠片が周囲に散らばり、ラウシュの体には宝石でできた鎖が絡みついている。 無数の豪華な箱が積み重なり、まるで生き物の肉体のように形を成していた。 それは人の姿を模しているようにも見えるが、どこか歪であり、鳥肌が止まらない。「あれが……ラウシュの本当の姿なのかァ……」 ガドルの声は低い。 だが、その表情には怒りと嫌悪と僅かな動揺が滲んでいた。 その手前には、宝石の鎖に繋がれたディリダが宙に浮かんでいた。 着せられているのは、白を基調としたドレスだ。 布地には幾多の宝石が縫い込まれ、光を受けるたびに、冷たく煌めく。 それを花嫁衣装と呼ぶには、あまりにも重そうで、ラウシュの趣味が全開になっていた。「ディリダ……! 今、助けてやるからなァ!」 ガドルがその名を叫ぶ。 だが、ディリダは俯いたまま、答えない。 彼女の代わりに返事をするように、縛っていた鎖が軋む音を立てた。『やあやあ、来てくれて嬉しいよ』 ディリダの向こうで、ラウシュの影が揺れた。 ラウシュの腕が彼女に伸び、楽しげに顔を歪める。『おかげでボクも準備ができたんだ。……彼女との、結婚式の準備がね!』 その言葉に空気が凍りついた。 しかし、ガドルは一歩も引いていない。「ディリダと結婚……そんなこと、あっしらの前でさせるわけねえだろォ!」 ガドルは勢いのままにディリダに向かって駆け出した。『ああ、だからダメだってば――勝手に近づいたら困るよ』 すると、即座に宝石の鎖が暴れ始めた。 冷たい宝石の光を散らしながら、ディリダの首元を締め上げる。「
セリュオスたちが遺跡の奥に辿り着くと、一気に視界が開けた。 通路を抜けた先に広がっていたのは、円形の大広間だった。 天井は異様なほど高く、闇の中へ吸い込まれるように伸びている。 本当に遺跡の中だったのか、疑わしいほどに。 その中央には、かつては封印の中枢だったであろう巨大な柱が並び立ち――いや、正確には立っていた痕跡が残っているだけだった。 柱は半ばから砕け、宝石が埋められ、封印陣が刻まれていたであろう表面は剥がれ落ち、内側の核が剥き出しになっている。 床には放射状の亀裂が走り、それを縫うように魔力が脈打っていた。 シエルハだけでなく、セリュオスでも感じるくらいには強くなっている。「……ここが、最奥か?」 セリュオスが低く呟き、周囲を見渡す。 剣を構えたまま、足の裏で床の感触を確かめるように警戒しながら、一歩踏み出した――その瞬間だった。「……ッ!」 空気が歪んだ。 まるで水面に石を投げ込んだかのように、視界の端が揺らめく。 次の瞬間、遺跡の中に存在する影という影が、ゆっくりと剥がれ落ちるように形を成し始めた。 人型に近いものや獣を無理やり継ぎ合わせたような影。 四肢の数すら定まらず、輪郭が常に揺らいでいる不気味な影。 それらは静かに、しかし統率されたような動きでセリュオスたちを取り囲んでいく。 逃げ場はすぐに失われてしまった。「……こいつぁ、ラウシュの眷属に違えねェ」 ガドルの声は喉の奥から絞り出すように低かった。 恐怖というよりも、知っているものを見た時の確信に近い声だった。「ああ、数が多いな。だが……」 セリュオスは視線を走らせる。 「一体一体はそこまで強いとは思えない」 ミストヴェラールの魔物たちも退けてきたセリュオスたちにとって、有象無象の影たちは脅威には感じられなかった。「こちらを包囲して、足止めが目的の配置ですね。彼らの目的は殲滅ではありません。……時間稼ぎです」 魔力の流れを読んでいたシエルハが淡々と分析をしている。 すると、レバザが即座に霧を広げて、シエルハを守る壁を作り上げた。「何かあっても、私がいるから安心しなさい」 「とっても心強いです……!」 霧の壁だけでな
セリュオスたちが見つけた遺跡は、森の最奥で――まるで獣の顎のように口を開けていた。 巨大な石造りの隙間に、樹木の根が絡みつき、蔦が何層にも重なって垂れ下がっている。 人の手によって築かれたはずの石組みは、今や自然と区別がつかないほど侵食され、それでもなお、工人たちの意志を残していた。 近づくだけで、胸の奥がざわつき、空気は重く、そして冷たかった。 その場のすべてがセリュオスたちを拒もうとしている。 そう感じさせる圧迫感が、遺跡全体から滲み出ていた。「……少し見ねえ間によォ、なんか変わっちまったなァ」 ガドルが低く唸るように呟いた。 その声は霧に吸い込まれてしまいそうなほど小さかった。 ここがかつてガドルとディリダが子どもの足で踏み入った場所。 無知なままただひたすらに好奇心に突き動かされ、そして――恐怖のあまり逃げ出してしまった場所であり、ガドルの後悔の原点。 そんなガドルの視線は、遺跡の開口部に固定されたまま、動かなかった。「これが……」 シエルハが思わず息を呑んでいる。 見上げる遺跡の外壁には、所々に宝石のように煌めく鉱石が埋め込まれ、淡く光を反射していた。「ラウシュの封印遺跡……。ですが、封印したという割には……随分と、装飾が施されているんですね」 学者の視点から見ても、それは異様な光景ということらしい。 確かに、魔王の幹部を封じるための施設にしては、あまりに色鮮やかで装飾的すぎる。「あの野郎が出てこないようにって、遠いご先祖たちが願掛けしたって聞いてるぜ」 ガドルがぶっきらぼうに答える。 地を這う民の口伝では、そう伝わっているらしい。「宝石一つ一つに、祈りと呪文が刻まれてる。見た目は綺麗かもしれねえが、その中身は恨みつらみってやつだなァ……」 ガドルは言葉を切り、一歩前に出た。 遺跡の開口部付近で立ち止まると、セリュオスの方を振り返る。「中に入る前に言っとくが、この遺跡は、絶対にショートカットができねえんだァ」 その表情は冗談を言っているようなものではなかった。 「中に足を踏み入れたら、とにかく罠と仕掛けのオンパレード。壁、床、天井……全部が敵になっちまう」「……それなら、どうや
休息を終えた一行は再出発し、ついに隧道を抜けた。 その先で、セリュオスは思わず足を止めた。 広い、というのが最初の感想だった。 隧道の先にあったのは、単なる空洞ではなかった。 天井は遥か高く、それを支えるように、何本もの巨大な石柱が乱立している。 柱の表面には、自然にできたとは思えない加工の痕跡があり、幾何学的な紋様が幾重にも刻まれていた。 それは明らかに古代の遺構のように見えるが、その下に視線を向けた瞬間、セリュオスは目を瞠った。 石を削って作られた住居と、柱と柱の間に渡されている簡素な足場。 天井から吊り下げられた灯具が、淡い光で
レバザとガドルの案内で霧の森を抜け、セリュオスたちは地を這う民の隧道へと足を踏み入れた瞬間、ようやく安全地帯に来ることができたと胸を撫で下ろした――はずだった。 湿り気を帯びた空気が、肌に纏わりつく。 霧の森で感じていた刺すような冷たさとは違う、土と岩が混じった、どこか懐かしい匂いを感じる。 壁に刻まれた無数の掘削跡が、この道が自然に生まれたものではなく、長い年月をかけて人の手で作られてきたものであることを物語っていた。 ——隧道は安全だ。 ガドルはそう言っていた。 地を這う民にとって、この地中の道は生活で使われるものであり、そこを行き交う
霧の民と森の民が戦場を去るのを見届けたセリュオスたちは、シエルハたちが修復してくれていた遺跡の前に集まった。 まだ修復が完全とは言えないが、最低限の補強はすることができたらしい。 ふと上を見上げると、そこにはオルデリウスの姿もあった。「我の体も、相当燃費が悪くなっているらしい。それに、この地は肌に合わぬ。ルキシアナの子孫たちを守るためにも、一度南に帰らせてもらおう」 機械じみた声ではあるが、その中には確かな意思が宿っていた。 オルデリウスに頼ることがあるとすれば、あと一度だろうか。 確証はないが、そんな予感がセリュオスの頭をよぎった。「ああ。力を借りたい時は
朝日が酒場の窓から差し込み、破損した木の梁や割れた酒樽を黄金色に照らしている。 昨夜の乱闘の跡は生々しく、倒れた椅子や割れた食器が床に散らばり、破片だけでなく酒の匂いも残っていた。 セリュオスは膝をつき、杖のように手をついて床を押さえながら、重い息を吐いた。 「……はぁ、ひどい有様だな」 そう呟くと、隣でダルクも荒い息を整えながら同意する。「まったく、昨日のオレたちは何をやってたんだ……」 「あなたたちが大騒ぎしたせいで、私まで手伝わされてるんだからね!」 フィオラは少し離れた場所で、渋い顔をしてこちらに厳しい視線を向けている